野方工作所

野方幸作が気まぐれで書いてるあれこれ。もしかして無線軍事警察消防鉄道アニメ全分野を一つのブログでカバーするのは不可能じゃないかと思い始めてる。コメントや質問などはお気軽にどうぞ。頂けると狂喜乱舞します

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補修・昭五式夏衣袴(複製)・たぶん最終版

2度にわたる改修作業を経た昭五式夏衣ですが、
今回の補修を以ってしておそらく最終になると思います。


まずは階級章留めの位置変更です。


よくよく見てみるとこの軍衣は肩線の位置が左右でずれているのです。
昭五式夏衣袴補修01
もはや造りが甘いとかそんな次元の問題ではないですねwwww
道理で、左右同じ位置に取り付けたはずがずれている訳です。


そんなこんなで階級章留めの補修は終了です。
昭五式夏衣袴補修02


基本的な補修作業はこれで終わりですが、
あともう1つやっておきたいことがあるのです。


それは記名です。


せっかく複製品なんですから、当時のような使い方をしてみたいところ。
複製品には実物では出来ない「遊び方」があるのだ。

さっそく練習がてらに白い布切れに名前を書いてみました。
昭五式夏衣袴補修05
「野方幸作」以外の名前が多数見られるのは
練習でただ単に思いつくままに名前を書いていったからです。

こんな風に墨書きで名前がびっしり並んでるとそれはそれで・・・・・・



で、ここまでやっといてアレですが、
うまい具合に墨が乗らず、少々お粗末な感じに。
昭五式夏衣袴補修03

昭五式夏衣袴補修04


大目に見ていただければ幸いです・・・・・・



その内、襟の聯隊番号も変更するかもしれない。

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  1. 2013/05/30(木) 22:41:49|
  2. 補修録
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アメリカ軍謹製バニラシェイク

MREレーションなどを買ってきました。
mre01.jpg
尤も、大方手に入るレーションは期限切れで、
今回のも多分そうじゃないかなと思うんですが、
どこにも書いてないので分かりません。


今回のメニューはNo.9のビーフシチュー。
mre0901.jpg
開封済みで、シチューやクラッカーは欠品しております。


残っているのはバニラシェーキとタバスコなどの小物類とアップルゼリー、
mre0902.jpg


そしてヒーター。
mre0903.jpg

1つ疑問なんですが、・・・・・・冷めたシチューって美味いの?

少なくとも私は冷えたシチューは、
よほど切迫した状況でもあまり食べたいと思いませんね。

クラッカーもないことから察するに、
クラッカーに塗りつけてさっさと食ってしまった、ってところですかね。


まあ、いつまでも開封したまんまのものを残しておくのもよろしくないので、
飲んでみましょうか。

パッケージ。
mre0904.jpg
説明文を大まかに訳すと、
「パウチのツマミから袋をあけ、6オンス(水筒カップの約1/4)の冷水を袋に注ぐ。
そしてパウチ天頂部を折り返し60秒振り、(一時間以内に)飲む」
とあります。


6アメリカオンスは約180mlですね。
mre0909.jpg




開けると早速バニラの香りが。
mre0905.jpg



60秒振って開けてみると、見た目が少々アレなことに。
mre0906.jpg




カップが東ドイツの水筒用ですが、まあそれはそれ。
mre0907.jpg

では飲んでみましょうかね。



・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

味が濃くて不味い

なんというか、一杯飲んだだけで軽い胸焼けが・・・・・・

思いっきり運動した後の食事にこれを出されても、
私は笑顔で「Reject」する自信がありますww

かつて「Meals Rejected by Ethiopians」と揶揄されただけのことはありますが、
そう呼ばれた80年代当時のレーションなんかとても食べる気が起きません・・・・・・


アップルジェリーは・・・・・・乾パンにでも塗って食おうかな。
mre0908.jpg


No.23はその内。


数年前に期限が切れているであろうレーションのバニラシェークを飲む。
そんな日曜日の午後なのであった。
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  1. 2013/05/26(日) 20:53:10|
  2. 奇食
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実物・明治39年制式下士兵卒用外套

旧軍には明治38年制定の「陸軍戦時服服制(通称38式)」というものがありました。
改四五式外套18
38式はその後、明治39年に「陸軍軍服服制」となり、
正式に陸軍の軍装として制定されることとなったのです。

そのため38式とも39式と呼ぶのも正しいのですが、
最初の制定年から取って38式という俗称が広く認知されています。

今回はそんな明治三十九年制定の下士兵卒用外套について。

まずは外観。
三八式外套01
ボタンが4つ足りません。


袖。
三八式外套02
本来、赤い袖線があるはずですが、それもありません。
改四五式の時代まで使われたのでしょうか。


その上風防がありません。
三八式外套03


この頃の風防は縫い付け式だったので直に襟から取り外した跡があります。
三八式外套04
が、随分雑な処理です。
せめて縫いとめておいてほしかった・・・・・・


改四五式外套(画像奥)と。
三八式外套05
目の詰まった羅紗ですが、生地質はあまり良くありません。
ざらざらとしています。
勝手に改四五式外套のような生地を想像していました。


因みにこの外套、改四五式外套よりも重いです。



左胸のあたりに六芒星がかがってあります。
三八式外套06
五芒星なら分かるんですが、何ゆえ六芒星・・・・・・



襟のホック。
三八式外套07
しっかりと錆1つなく現存しています。

しかし、襟の部分の生地が裂けています。
三八式外套08
少々残念・・・・・・


防寒襟用の穴。
三八式外套09
結局以前紹介した防寒襟はなんだったのか。
未だ分からず。

余談ですが、私の記憶が確かならこの穴は明治35年以前は下士卒外套にはありません。
が、八甲田山遭難事件を期に下士卒にも防寒襟が支給されるようになり、
穴を開けるようになった・・・・・・と思います。





階級章留め。
三八式外套10

三八式外套11
一部は残っていますが、外れている部分もあります。
幸いにも残っている部位から、
どのようにして縫いとめてあったのかが分かりました。
他の軍衣袴の補修も捗りそうです。


手持ちの階級章を付けてみた。
三八式外套12


四五式軍帽と。
三八式外套13
そういえばこの外套はまだ四五式軍帽が二種帽と呼ばれている時代のものでしたね。


一応こっちの二種帽とあわせるのも間違いではなかったかな?
三八式外套14



背面の帯革吊りとボタンはありません。
三八式外套15
どうにも外れてしまった、という方がしっくり来ます。


右は随分と補修した跡があります。
三八式外套17



ベンツのボタンもありません。
三八式外套18
一部は生地ごと取れてます。



記名布と検定印。
三八式外套19
記名が多いですね。

見た感じ4,5人はこの外套を使用したことになります。
持ち主がころころ変わっているあたり、下士官ではなく兵卒に支給されたものでしょう。
兵役は2年間なので、使用者が4、5人であることから、
単純に考えると8~10年ほど使用されたことになりますね。

明治三十九年式は、四五式になっても外見上の違いは特になく、その上袖線さえ取ってしまえば
寸法はともかく改四五式の改正にだって対応できます。
通算して25年近く継続利用できるので、5人程使用していても別段なんら不思議はありませんね。


明治四十年九月製作とあるので、今回は題名を三八式外套ではなく三十九年制式外套としました。
三八式外套20
でも今後は面倒だし三八式外套と呼ぶかもしれない。



所属は不明ですが、下の方の記名布によると
少なくとも寺内祐さんは「歩九ノ六」、
つまり歩兵第九連隊(京都)の第六大隊(中隊?)所属だったことが分かります。
三八式外套21



改三号というのは寸法でしょうか。
三八式外套22
納入業者名は薄れており読めません。
被支検とあり、京都の連隊名があることから、陸軍被服廠大阪支廠での検定、
いわゆる大支検定でしょう。


装の字らしいものがありますが、よく分かりません。
三八式外套23


この印は何とあったんでしょうね?
三八式外套24




右腰ポケットからボタンが出てきました。
三八式外套25
予備のものでしょうか。


因みにボタンは四五式のものと比べるとかなり大振りです。
三八式外套26


構造も異なります。
三八式外套27



ものはついで、と明治十九年式にも合わせてみました。
三八式外套28
多分寸法的にもこのボタンであってるんじゃないでしょうか。





ところでこの外套、ほつれや生地の破れはありますが虫食いがありません。


もはや奇跡的です。

大切にしてやろう。
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  1. 2013/05/25(土) 01:04:56|
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入営のぼりと出征のぼり

骨董市での調達品、入営・出征のぼりです。
のぼりにある「入営」は兵役により入隊した場合、
「出征」は徴兵により入隊した場合だそうです。

この辺ののぼりは映画やドラマなんかでも割と頻繁に出てくる小物ですね。




まずは入営のぼり。
のぼり01
生地は絹のようです。



万仁従業員一同とありますが、万仁がなんの会社なのか分かりません。
のぼり02


裾には房が付いています。
のぼり03



陸軍旗と国旗、それと金鵄があしらわれています。
のぼり04


兵役での入隊であることと、全体的に豪勢な造りでありますので、
これは時代を下ってもせいぜい大東亜戦前までのものでしょう。
のぼり05



続いて出征のぼり。
のぼり07

3.5mくらいあります。
のぼり08

のぼり09
生地は綿です。

生地が綿であることだけでなく、
「出征」とあるあたり、大東亜戦の中期~末期に掛けてのものでしょう。


陸軍旗と国旗、それと金鵄ではなく陸軍章があしらわれています。
のぼり06



贈答主が勤務先などではなく、お父上やご兄弟、はたまたご親族であるところから察するに
清水重男さんは出征時、かなり若かったのではないかと推定されます。
のぼり11



ところで、店主さんがのぼりについての思い出を少々話してくれました。
以下その内容

「出征のぼりはな・・・・・・おれの親父が村で小学校の校長やってたンだ。
で、村の誰かが出征するとなったら「先生、お願いします」つって家にのぼりを持ってくるンだ。
そしたら親父は畳の部屋に新聞を一面に敷き詰めるんだ。畳に墨が染みこまねえように。
俺は・・・・・・まだ当時小さかったけど、その光景はよく覚えてる」


こういったお話を聞けるから私は骨董市が好きなんです。


しかしこうしてのぼりを見ていると、竹島俊夫さんも清水重男さんも、
無事に復員されたことをただただ祈るばかりです。
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  1. 2013/05/22(水) 22:58:05|
  2. 日本軍
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閑話休題

※今回の記事は骨董市の流れから完全に逸脱してますよ※


早いもので当野方工作所もいつの間にやら記事数100件突破と相成ったわけでして。


さてさて、実は最近あるものを買ってきました。



それがこちら。
dvd01.jpg
「よく分かる!陸上自衛隊
陸の王者!日本を守る戦車の歴史」

今サークルKかローソンで今発売中です。

何だってこんなのを買ってきたのか。


まあ裏面見れば話は早いです。
dvd02.jpg
オーディオコメンタリーに「不肖・秋山優花里の戦車講座」出張版
が収録されてるからなんですよね。


詳細は記すことが出来ませんが、
中の映像も中々にマニアックでよかったですよ。
無論、オーディオコメンタリーも。
dvd03.jpg
因みに収録時間は65分です。
秋山殿が延々65分喋ってます。
面白かったですよ。


ところでこのチラシの裏面なんですが、プレゼント企画について載っていました。
dvd04.jpg

dvd05.jpg



  イ`ヘ
 /: :| ヽ
/ : :/  ヽ ___   _,,,:. .-: :´彡フ
_ノ\_∠: : : : : : : : :`: :-: :,:_:/彡 /
      ( : : : : : : : : : : : : : : `ゝ  /
  マ  r::/: /: : | : : : : : : : : ::\ /
      //: /: : : |: : | |: : |: _: : : :ヽ
  ジ  {/ 7|`\/i: /|:|/|´: : : : :|ヽ
     〉 ,‐-‐、`|7 || |_::|,_|: : :|:::|: |
  で / r:oヽ`    /.:oヽヽ: :|: | :|
     { {o:::::::}     {:::::0 }/: :|N
  っ  | ヾ:::ソ     ヾ:::ソ /|: : |
 !? ヽ::::ー-.. /ヽ ..ー-::: ヽ::| r--ッ
-tヽ/´|`::::::::::;/   `、 ::::::::::: /: i }  >
::∧: : :|: |J   \   /   /::i: | /_ゝ
. \ヾ: |::|` - ,, ___`-´_ ,, - ´|: : :|:::|
   ヽ: |::|\     ̄/ /|  |: : :|: |




その上ディスクのみとはいえ、「絆~キズナノキオク~」が
貰えるというのは看過できません。


さて、コンビニまでもうひとっ走り行ってきますか。
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  1. 2013/05/20(月) 00:21:20|
  2. アニメ・漫画
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陸軍旗

骨董市での調達品の1つ、陸軍旗です。
陸軍旗01
大きさなどから察するにおそらく戦前の土産物などの1つでしょう。
今でも三笠公園などでは海軍旗やZ旗の土産物を取り扱っていますね。

寸法は23,5cm×31cmほど。


古いものなので、現代のもののようにしっかりと染め抜かれているわけではなく、
少しばかり線がゆがんでおり、また赤い染料が飛んだ跡があります。
陸軍旗04


注目すべきは角の部分です。
陸軍旗02

よくよく見ると新聞紙のようなものが使われています。
陸軍旗03
今では考えられませんね。


この陸軍旗は・・・・・・適当な木の棒に括りつけて飾ろうかな。
陸軍旗05

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  1. 2013/05/19(日) 18:23:44|
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実物・陸軍将校マント

前回の続き、骨董市での調達品その二、将校マントです。
陸軍将校マント01
状態は非常に良く、今現在でも着用可能なレベルです。
いつの時代のものかわかりません。
九八式の頃ですかね?


襟部分。
陸軍将校マント02
写真だと分かりにくいですが、
肉眼で見ると襟章の跡があるようなないような微妙な感じです。
元の階級が分からないというのがなんとも・・・・・・


襟ホックは錆びてます。
陸軍将校マント03
その内錆を取りたいですね。


内張り。
陸軍将校マント04
サテン生地ですかね。

フック部分。
陸軍将校マント05
随分弱ってます。
前オーナーさんはかなり使い込んだようですね。

ただ、テーラータグがありません。
このマント、本当に将校のものでしょうか?
民生品とかじゃあないですよね?


首掛け。
陸軍将校マント06
健在です。
まだまだ使用できますね。


前ボタン。
陸軍将校マント07




名前の刺繍が入ってます。
陸軍将校マント08




内ポケット。
陸軍将校マント09


内ポケットからはボタンが出てきました。
陸軍将校マント12
前ボタンの予備でしょうか。



背面。
陸軍将校マント10
ボタンは3つ。



風防用のボタン。
陸軍将校マント11
風防は付いてませんでした。
手に入るかなあ・・・・・・





九八式軍刀(複製品)と。
陸軍将校マント13

本当は陸軍士官の軍衣袴と合わせたかったのですが、
陸軍士官の軍衣袴は持ち合わせていないもので・・・・・・

その内士官の軍衣袴も調達したいですね。
一度は旭日縫いを直に見たいですw
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  1. 2013/05/19(日) 00:44:53|
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実物・下士兵卒用改四五式冬軍衣

遅くなりましたが骨董市での調達品、改四五式冬軍衣です。
改四五式軍衣01
兵科章は付いていませんでした。


生地は以前記事にした改四五式外套と比べてみると、黄色が強い羅紗です。
改四五式軍衣02
生地質は改四五式外套とさほど違いのない、良質な羅紗です。


襟元のホックも錆ひとつなくしっかり残ってます。
改四五式軍衣03

背面は一枚で製作されてます。
改四五式軍衣04

昭五式以降は二枚から製作されるため、背面の中心に一本の縫い目が走ります。
改四五式軍衣05


ただ、明治十九年式では三枚から製作されてます。
改四五式軍衣06
いつから背面が一枚になったんでしょうか・・・・・・

剣吊りが残っております。
改四五式軍衣07
改四五式では剣吊りの内側に革を貼っていないんですね。
明治十九年式では貼ってありましたが、いつまでの仕様なんでしょう。


検定印。
改四五式軍衣08
大正七年製、四號、本廠検定、記名なし。

どうも元は四五式だったようです。
そのためこの四號が四五式なのか改四五式のものなのかいまひとつよく分かりません。
多分改四五式のものだとは思いますが。
因みにこの軍衣の四號は、三式軍衣における中號ぐらいです。
私には少々丈が足りません。

記名はありませんが、軍役に供された形跡は随所に見られます。



内張りの包帯嚢は横向きに付いてます。
改四五式軍衣09
なにやら糸で所属名らしいものがかがってありますね。

内ポケット。
改四五式軍衣19


袖の赤線は外されてます。
改四五式軍衣10
大正十一年の改定に対応したためですかね。


肩の階級章留は外されて、糸がかがってあります。
改四五式軍衣18
改四五式外套のときはただ単に何らかの理由で戦後に糸をかがったのかとも思いましたが、
こうも連続して肩に糸をかがった軍衣を見ると単なる偶然とは思えません。

わざわざ取り外して糸かがりを取り付ける理由が分かりません。
もしや、体型にあわせて階級章の位置を変更する改造を兵士個人がやってたんでしょうか?
しかし官給品を勝手に改造するなんて恐ろしいマネが出来ますかね?

取り敢えずもともとあった位置は形跡があるので補修はまだ簡単そうですが・・・・・・
改四五式軍衣12


因みに階級章を実際につけてみるとこうなります。
改四五式軍衣13
ウーン・・・・・・



生地比較です。
改四五式軍衣14
画像上部から改四五式外套、改四五式軍衣、四五式軍帽(複製)。



それはそうと、内ポケットから面白いものが出てきました。
改四五式軍衣15
鉛筆です。

現代のものと比べると随分太いです。
改四五式軍衣16


左胸ポケットからは予備のボタンが出てきました。
改四五式軍衣17
何か補修するときも一つあれば心強いですね。


外套も四五式軍帽もありますし、着用できるできないを別に、
長袴も揃えて軍衣袴の状態にしたいですね。
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  1. 2013/05/15(水) 01:11:40|
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支那事変従軍記章と勲八等白色桐葉章

勲八等白色桐葉章と支那事変従軍記章を以前の記事で少し触れましたので、
今回はその徽章2つについて。


いやあ、またまた骨董市に行って参りまして。
他にもいろいろ調達いたしましたので、続々記事にしていきますね。


まずは支那事変従軍記章から。
支那事変従軍記章01


支那事変従軍記章は昭和12年の支那事変に際して制定されました。
支那事変従軍記章02
従軍記章の文字が見えますね。


裏面。
支那事変従軍記章03
支那事変の文字が入ってます。



続いて勲八等白色桐葉章(通称:勲八)。
勲八01


勲八は兵卒に授与されました。
勲八05
因みに勲七等は下士官、勲六等以上は士官という風になっております。

紙と略綬が付属してました。
勲八02


恥ずかしい話ですが、私、この略綬の使い方を知らないんです。
勲八03
どなたかご教授頂ければ幸いです・・・・・・。

('13.5.9追記)この略綬は平服のラペルのフラワーホールに差すそうです。
403さん、ありがとうございます。

ただ、いかんせん私の略綬は調子が悪く、
装着してみたかったのですが台座が外れてくれません・・・・・・


('13.5/26追記)台座はもとより外れないそうです。
そのままフラワーホールに通すのが正しいそうです。



私の私物のスーツで恐縮ですが、実際に着用するとこんな形になります。
勲八平02

参謀本部さん、ありがとうございます!


あと、この紙どうやって使えばいいんですかね?
勲八04
まったくお粗末な話で恐縮です・・・・・・


('13.5/26追記)この紙は「勲章局から授与される時に「勲章本体」に包んで授与される為の紙」だそうです。

つまりこうして、

勲八平04

こうですね。
勲八平03

参謀本部さん、重ね重ねありがとうございます!



裏面。
勲八06
勲功旌章の文字がありますね。


明治十九年式軍衣と。
勲八07


在郷用十九年式軍衣と。
勲八08

それぞれおそらく元々あったであろう位置に。


いずれ明治廿七八年従軍記章などとも合わせたいところです。





骨董市で調達した小物類についても少々。

kt01.jpg
上から海軍三種ボタン、陸軍精勤章、昭和13年制定兵科章、陸軍織出し上等兵階級章、善行章(?)。



階級章の裏面はウールではなく、なにやら紙のようです。
kt02.jpg
末期感漂いますね・・・・・・


精勤章は付けるとこんな感じになるんですかね。
kt04.jpg



善行章・・・・・・だと思う何か。
kt03.jpg
最初は海軍のものかと思いましたが、おそらく消防団あたりの精勤章でしょう。
旧海軍の善行章によく似てますけどね。
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  1. 2013/05/08(水) 18:43:10|
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思えば昔から妙な物をよく拾う人間だったかもしれないと、ノガタはノガタは埋没しつつあった記憶を発掘してみる

あれは確か小学4年の頃のことである。
校庭で遊んでいたときに妙なものを拾った。
やや丸い、円形の金属板のようなものだった。

それが気になった野方は、紙やすり片手に水道の前に張り付き、その金属片をひたすらに磨いた。

結果、それは50銭硬貨だった。
ks01.jpg
小学生当時の野方は「500円未満のものだと拾得物横領にあたらない」ということを認識していた。
念のため保障というか、言質を取ろうと教師に「もらってもよいですか」と質問し、
「いいよ」と回答をいただいたのでありがたく頂戴することにしたのだった。

一円でも拾得物横領には該当することを知るのはそれからかなり後になってからである。


そしてその50銭硬貨は欲しがった友人に50円で売りつけたのだった。
思えばクズのような子供であった。



・・・・・・・・・
と、まあ、何故そんな面白みも何もない、反吐の出そうな思い出話を綴っているのかと言いますと、
最近妙なものを拾ったのです。
で、その妙な拾得物を見てて、そんな糞のような思い出を掘り起こした、という寸法です。
今回はその妙な拾得物について少々。


・・・・・・ああ、若造のブログにありがちな犯罪自慢の類ではないのでご安心を。



以下本題。

先週の火曜日に自動販売機でジュースを買ったときのこと。
取り出し口に妙な紙が挟まっていることに気が付き、それを広げてみたのです。

その紙がこちら。
ks02.jpg
うーむ、香ばしい。

いうなれば怪文書ですな。


>I'm a real Japanese.
ks03.jpg
日本人なら日本語で書け。

I'm a real Japanese.って合ってるのか?


「マジやばい状態」って・・・・・・
ks04.jpg
もう少しまともな語彙は持ち合わせていないのかしら。
「危機的状況に陥っております」とか「たいへん危険な状態になっております」とか。



>ブログを作りました
ks06.jpg
URLは?



>百害あって一理無し
ks05.jpg
真実ゆう子さん、生粋の日本人だと自称するんだったら誤字位なくしなさいよ。



というかこの辺どうやって読んだらいいのか分からないんだが・・・・・・
ks07.jpg


>日本に存在する犯罪組織は全て朝鮮(韓国)人です。
ks08.jpg
うーむ、日本国内のタイ人窃盗団とかも朝鮮人なのね。
知らなかった。


あ、どうでもいいですけど、法律上日本には「朝鮮人」は居ないことになってます。
日本国内に韓国人は居ますが、北朝鮮と日本の間には国交はないため、(北)朝鮮人は日本国内には居ません。
戦前に朝鮮半島から渡ってきた人は一応「朝鮮人」ということになるのやもしれませんが・・・・・・
まあ「朝鮮半島出身者だから朝鮮人」というふうに考えてるんでしょうけど。


何といいますか、もう少し読みやすくしてほしいですね。
書きたいことがたくさんありすぎて纏まってない印象を受けます。


取り敢えずこの辺の話題はあまりツッコミまくってたら、
ブログが湾岸戦争時のペルシャ湾なみに炎上するのでこのくらいで。




続いてこちら。
先週の土曜日に拾いました。

平成元年一月十五日付の読売新聞です。
ks09.jpg
別刊なのか号外の類なのか、どういう分類なのかは分かりませんが「昭和天皇アルバム」。
昭和帝を悼んでの特集のようです。

弁当のゴミと一緒に捨てられてました。
この新聞をゴミと一緒に捨てるとは何と不敬な奴だ。

経年劣化もあってか、随分とぼろぼろでした。
しかし内容はまだしっかりと読めます。


ところでこの紙面で初めて知ったのですが、戦艦長門の集合写真について。
ks10.jpg
戦艦長門の集合写真は昭和12年のものが有名ですが、昭和4年に撮影された
陛下が写っておられるこの御写真、なんでも
>「初めは士官だけの予定だったが、
>「水兵はどうした」という陛下の一声で鈴なりの撮影が実現した」

だそうです。
昭和帝の人柄が偲ばれる一幕ですねえ・・・・・・



この新聞は、野方が深く掘り下げるよりは皆さん各々で
図書館でバックナンバーを探して読んでください。
その方が私の変な主観が入ったりせずによく伝わると思います。




しかしなんだって平成元年の新聞が平成二十五年の現在、路上に落ちていたのか・・・・・・
謎は尽きません・・・・・・
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  1. 2013/05/02(木) 01:10:13|
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