野方工作所

野方幸作が気まぐれで書いてるあれこれ。もしかして無線軍事警察消防鉄道アニメ全分野を一つのブログでカバーするのは不可能じゃないかと思い始めてる。コメントや質問などはお気軽にどうぞ。頂けると狂喜乱舞します

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日航123便事故に関して思うこと

1985年8月12日。
20170812122132dd3.jpg

毎年盆の時期になりますとこの悲惨な事故が話題に上がります。
事故から早32年を数えた昨今ではやや記憶が風化しつつありますが、その事故の悲惨さと影響は今となっても計り知れません。

しかし一方でこの事故を食い物にしてる人間というのも存在しているわけで。

実際この事故を調べると必ず付いてまわるのが「撃墜」という単語です。
その次点で「事件」です。
事件は百歩譲って認めるにしても、撃墜は許しがたい。

私はこの事故で親族を亡くした訳でもなんでもありませんが、
人死にの絡んだ大事故を人殺しに昇華させたいという欲求を目にすると、
よくもまあそんな不謹慎な話のタネにできるな、という心持ちにはなります。
一応断っておきますが、私自身はいわゆるブラックジョークの類は大好物です。
しかし、この手の陰謀論はどうにも笑い飛ばすにはつまらなさすぎる。

そんな訳で今回はちょっと普段の記事からは大きく逸脱して
この事故に関して語っていこうかと思います。

あ、長文なんで興味ない人は読み飛ばして下さいね。


一応は異常発生から時系列を追って考察していきます。

まず異常発生直前に急上昇したとする説。
通常、ジャンボジェットは概ね2000ft/minの上昇率で
高度を2万ft程度まで上昇させます。
ボーイング747-400SR型機ももちろんその例に漏れず、です。
高高度飛行の理由ですが、詳しい説明は省略しますが、
ジェットエンジンの構造上、空気密度が低いほど燃料消費量が下がることと、
高速飛行が可能になるというところが挙げられます。
そのため、高高度まで上昇することは別段おかしくはありません。
実際、123便は離陸後12分、24000ft手前23900ftで異常発生しています。
これは何らおかしいことではありません。

続いて、撃墜説で一番最初に語られることとして、
高濱機長の「ボディギア」があります。
これが曰く「ボギー」とする説があります。
「ボギー」とはNATOコードで「標的機」という意味になります。
つまるところ、空中の無人標的機に衝突し
高濱機長がこれを目撃し発唱したとする説って訳です。

さしあたってまずこれを否定するために高濱機長の経歴からあたっていきます。
そもそも高濱機長の航空業界人としてのスタートは、
1954年に海上自衛隊航空学生として入隊するところから始まります。
その後、高濱機長は海上自衛隊を退職し、最終的に日航に入社したのは1966年。
初等教育期間を除いてもおおよそ10年の操縦経験がある訳ですね。

ですが、この時期の自衛隊のことを勘案するに、
どうも高濱機長がボギーという用語を知っていたとはとても思えません。
ロクに西側の軍隊との演習などを行なっていなかった当時の自衛隊において、
NATOコードなんて洒落た言葉を知ってる隊員の存在は、
政治を行うクラスの高級幹部でもない限りはどう控えめに見ても無理があります。
それに、「ボギー」という単語を使うのはどちらかと言えば
スクランブルでよう撃に上がる航空自衛隊のパイロットではないかと思います。

そもそも標的機衝突説はどこから出てきたのかというところですが、
これは吉岡忍氏の「墜落の夏」に詳しいです。

というか、この手のトンデモ論ぶちかましてくる人間って
吉岡忍氏の「墜落の夏」や飯塚訓氏の「墜落遺体」などの著書って読んだことあるんだろうか。
記者や警察医のそれこそ現場を回った目を通した生の声だと思うんですが。

続いて右旋回か左旋回、いわゆる海山論争について。
これを考えるためにはまず事故当時のコクピット内の配置を考えてみると納得がいきます。

当時123便では佐々木副操縦士の機長昇格試験中であり、
コパイロットが左席、機長が右席という配置でした。
通常であれば左席が機長、右席が副操縦士という配置です。
つまり、高濱機長は右席に座っていました。
そのため、自分の方から旋回方向がよく見える右旋回を
敢えて判断したのではないかと思います。

そもそも高濱機長は異常発生直後にスコーク7700セットを指示出来る程度に優れた勘の持ち主です。
これは私の見立てですが、旋回中に機体の異常をある程度見極めようとした可能性があります。
激しいダッチロール中の機体が旋回中に急に失速して墜落する可能性を考慮し、
せめて墜落前に何も分からないよりかは機体の状況を何かしら判断出来るように、
と右旋回を決心したものとも考えられます。

それから撃墜説についてですが、ミサイルが旅客機に直撃した事例が
ちょうど1983年に発生しているので、そちらも参考にしてみましょう。

事故は大韓航空機がソ連空軍機に撃墜された、いわゆる大韓航空撃墜事件です。
この事件においては損傷が激しすぎてボイスレコーダーの録音が止まってます。

着弾した時点で大韓機は大きな機首上げモーメントが発生してます。
CVRには機首が下げられない旨の会話が残っています。
この機首上げモーメントはミサイルの外力により発生したものと思料します。
この後、大韓機は大きく機首下げし、急降下します。

これは私の見立てでは機体の後部が吹き飛ばされたことにより、
重心位置が前方向に移動し、機首が下がったものと考えます。
大韓機はまだ油圧がオールロスしていなかったために
この後もなんとかほんの少し操縦を続けることができたようですが、
操縦士の努力むなしく13分後に墜落してます。

で、一方の日航機ですが、これはどうにもミサイルが衝突したような
何かしらの外力の発生があったような記録が残ってません。
つまり内側からのエネルギーしか発生してません。
何かしらが衝突した可能性は極めて低いものと考えます。

あと仮に陰謀論があったとして、
それなら何故目撃されるリスクを負ってまで撃墜という手段を取ったのでしょうか。

実際123便は奥多摩で地上から写真に撮られています。
20170812122718d15.jpg
これは偶然によるものですが、普段と違う飛行機の音がすれば誰でも空を見上げます。
当時航空自衛隊が所有していた戦闘機は主力としてF-4ファントム。
戦闘機というものは高機動のためにエンジンも高出力で大変うるさく、
それこそB747-400なぞ霞むレベルでうるさいです。
そんなジェット機が飛んでりゃいかにFL240の高空であれど目立ちます。
写真に収められる可能性もかなり高いと言えます。
少なくとも私なら撃墜案は採用しません。

次に攻撃した戦闘機が御巣鷹の尾根まで誘導したとする説。
これは不可能であると断言せざるを得ません。
異常発生時、四系統あったハイドロ系統は機体後部に伸びていたラインから
オイルが全て抜け、オールロス。

時系列で見ると、異常発生から数秒後、油圧の低下に佐々木CoPが気付き、
「ハイドロみませんか」と発声。
油圧が低下しており、この後、高濱機長は何度か油圧について福田FEに質問してます。
そして異常発生3分後にはコクピットクルー全員がハイドロ系統オールロス、
つまり操縦不能であることを把握するところとなります。
ハイドロ系統がオールロスした事故というのはこれ以前には発生しておらず、
対処法はありませんでした。
一応、オールロスした事例としては先の大韓航空撃墜事件がありますが、
大韓機の事故の場合、ソ連側が殆ど隠蔽しようとしたために
韓国側が詳細を把握できたのが連邦崩壊の情報公開に伴ってですので、
当時の時点ではノーカウントです。
そもそもボーイングも想定していない破損であったため
非常手順チェックリストにも掲載されていなかったのではないかと思われます。
操縦が不可能だと想定していなかったためか、
羽田に帰投する旨を通報していた高濱機長も最終的に
「But now uncontrol」と東京コントロールに通報してます。

そもそも誘導のためには当該機に接近しなくてはなりませんが、
操縦不能状態で激しいダッチロールを起こしている機のすぐ傍まで接近するのは危険極まりないです。
そして誘導は相手機が操縦できる状態であることが大前提です。

他にも、駿河湾上に護衛艦が展開していて、艦対空ミサイルを発射した説なんてのもあります。
しかし混雑した航空路である駿河湾上空において、なおかつ24000ftもの高空では、
さしものシースパロー艦対空ミサイルでも誤爆の可能性は強いと思われます。
下手すれば羽田への着陸進入のために高度を下げ始めた他機を撃墜してしまう可能性すらあり、
それこそ元も子もありません。
さらにその誤射した機が海外の路線なら国際問題どころでは済まないでしょう。

仮に私が当該航空機を撃墜なり何なりしろと命令されたら、
目立つミサイルによる撃墜よりかは、工作員を用意して機内で自爆させるか、
爆弾を仕掛けさせるという方法を取ります。
そして爆破に成功したらそれこそ下火でしたが、
支持を失いかけていた新左翼あたりの偽犯行声明でも出してしまえば、
新左翼への民衆からの支持はより一層失われますし、
何より、新左翼側が何を言おうが誰も信用しないというありがたい下地も丁度あります。
これを利用しない手はありません。

曰く、中曽根首相の靖國参拝を国民の目から逸らすためとする説もありますが、
参拝した事実は残りますし、どちらかといえば国内より国外からの声の方を考慮する必要のあることです。
実際、参拝後は国際問題まで発展しました。
国民に何を言おうが、これでは無意味です。

それから、圧力隔壁の修理ミスということにして撃墜したとする説がありますが、
そもそもの問題として、
「やってもいない修理ミスをアメリカ様のボーイング社に認めさせる」
ことの方がはるかに難しいのではないかと思います。
80年代と言う時代は日米で貿易摩擦が問題となっておりました。
いわゆるジャパンバッシングと呼ばれるのが激しかった時期の一つでもあります。
そんな時期にどんな思惑が動いたにせよ日本側が悪いのに一方的にボーイング社の責任になれば、
当然ボーイング社は反発しますし、社内から声も上がるでしょう。
万が一それが向こうのマスコミにリークされれば、日本側の要求に屈したアメリカ政府の弱腰な対応への批判、
同時に起こるであろう対日感情の悪化は想像に難くありません。
これでは日米双方が得をしません。
実際のところボーイング社は事故当時、オールロスした747型機は操縦が出来るのか検証しようとしてました。
これで仮に操縦が可能であるとの結論が出れば日本側の分が悪くなります。
しかし、実際には現在言われるようにボーイング社の修理ミスであると結論を出してます。
つまりは本当のところ事故調の調査通りなのです。

結論として、123便事故の原因はやはり公式発表通りの修理ミスによる圧力隔壁の破損じゃないかな、と思います。
確かに圧力隔壁の破損があるなら急減圧が起きないと不自然です。
まあ、こればっかりは本当に分かりませんが、何かしらの要因で破損後に吸い出された何かで一時的に破孔が塞がれたために起きたんじゃないかなという雑な見立てしか出来ません。
この辺は事故調も満足のいく結論が出なかったみたいですが、実際生存者の方の証言によりますと機内でも低酸素症らしいものも発症しなかったそうですし。

何はともあれ、今の我々がやることは、やいのやいのと、亡くなられた方々の周辺をほじくり回すことじゃなく、事故から教訓を得ることです。
「次を起こさない」こと。これに尽きます。

最後に黙祷して今回の記事を締めたいと思います。
今日くらいはせめて静かに慰霊しましょう。
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  1. 2017/08/12(土) 18:24:48|
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国産警棒の巻

国産の三段式警棒を調達しました。
20170812034723ffb.jpg

これもまた53型警棒によく似てます。
201708120347253a8.jpg
まあ、そもそも53型警棒自体がかなり更新が進んで、
殆どどこでも65型に切り替わってますが、
平成初期感があって結構好みだったり。
感覚としては平成20年からくらいまでは
だいたい53型って感じでしょうか。

取り敢えず見ていきましょうか。

ケースと共に。
2017081203472843e.jpg

裏面。
2017081203472959a.jpg

吊具は可変式。
20170812034731d29.jpg
ただし固定が出来ません。
まあ、車両搭乗時も固定までする必要はないか。

本体。
20170812034732899.jpg

紐は革製。
20170812034734d74.jpg
自然と厚みでループが作られてます。
少し型が付いてますが、まあ、その内直るかな。

鍔はいわゆる県警型。
20170812034742582.jpg

こうなると気になるのが以前のアレ
20170812034735b70.jpg

ちょっと比較してみましょう。
20170812034736a36.jpg
こうして見るとグリップが随分細身。
かなり握りやすいです。

展張。
20170812034738833.jpg
長さを比較してみる。
今回の分は48.5センチ。
53型には少し短め。
K-1は52センチ弱。

展張するとグリップ底部が外せました。
20170812034740b9f.jpg
ガラスクラッシャーに付け替えられそう。

説明書にもありますが、展張すると硬い床に叩きつけて収納の要があります。
20170812034726a19.jpg
実際私もベランダで叩きつけて収納しました。
こういうところも実物っぽい。

余談ですが撮影用警戒吊具と。
20170812034742594.jpg
ユイルのK-1だとグリップが太くて入らなかったんですよね。

総評・オススメの一品。

結構見た目といいなんといい、かなり良いです。
K-1買うくらいなら断然こっちですねえ・・・・・・
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  1. 2017/08/12(土) 03:55:55|
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学生用万套

今回は趣向を変えて銃後の一品を。
学生万套01
学生用のマントです。
調達時期は実は三八式外套と同じ時期だったり。
実に3年半が経過してますね。
すっかり忘れて気が付けばこんな時期に・・・・・・

本題。
生地質は良質な国防色の羅紗地。
戦中期のものですかね?

右前身頃。
学生万套05
黒い何かしらの縫い目が走ってます。
裏地との何かしらの関係があるんでしょうか。

襟。
学生万套04
少し裂けてます。
ホックも針金を加工して作ったような粗末なものです。

穴が開いており、これは多分学年章や校章などを
付けていたのではないかと。
学生万套11

襟前掛け。
学生万套03
随分ボタンホールが大きく裂けてますね・・・・・・

前釦。
学生万套02
一番上の分を除き健在。
一番上が無いのが・・・・・・


裏地。
学生万套07
無くなってます。
戦後に何がしかで使われたのか、それとも・・・・・・はてさて

ポケット裏。
学生万套08
元の持ち主は中学の頃に作ったようです。
津川中学自体はもしかすると岡山にかつて存在した学校やも知れません。
しかし設立が昭和22年なので、戦後品でしょうかね。

テーラータグ。
学生万套09
薄くてよく分からない・・・・・・。

襟吊。
学生万套10
鎖で出来ており、随分洒落ています。
現在も機能する部位。
これは中々・・・・・・

襟裏。
学生万套13
風防止めの釦でしょうかね。
しかしこの紐は一体・・・・・・

裾。
学生万套12
万套なので裾は切りっぱなし。

後裂。
学生万套14
釦は全欠損。

学生帽と。
学生万套15
実はこんなものも持ってたり。
学生帽もあり、万套もあり、
今度は寸法の合った学生服でも調達すれば一式・・・・・・?
はてさて。
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  1. 2016/12/25(日) 01:57:39|
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65式作業服

旧迷彩をやったので今度はOD作業服を。
OD01.jpg
実は謎旧迷彩とほぼ同じタイミングでOD作業服を入手してたんですよね。
OD作業服と言うのは正式には65式作業服と呼んだそうで。
今回のものはその中でもかなり初期のものを。

フロントはジッパー式。
OD02.jpg
分かりにくいですが桜マーク入り。
錆びるという理由で現在の迷彩服では釦式を導入しています。
・・・・・・まあ、何故か釦式の旧迷彩がうちに一着ありますが。

名札。
OD03.jpg
何度か縫い変えた跡があります。
少なくとも3人以上かな・・・・・・?
城野ってえと福岡ですね。
調べたところ、平成20年まで小倉駐屯地の分屯地として存在した部隊らしいです。

右の肩章留めの釦が欠損してます。
OD04.jpg
黒いプラスチック釦でいいんだっけか。

右袖。
OD05.jpg
士長。
階級章が白いので70年代頃のものでしょうか。

左袖。
OD06.jpg
ペン差しを3回ほど縫い変えた跡があります。
というのも、かつてはこれはPXで縫いつけていたそうで、
退職だのする際の返納時には外していたそうです。

タグがあったであろう場所。
OD07.jpg
縦長のタグの跡。
時代によってタグの大きさが異なるようで、
これは60~70年代頃のものだそう。

背面。
OD08.jpg
やっぱり背面にはプレス線を入れるべきだろうか。

ところでこのOD作業服、引っ掛かるところが一つあります。
OD09.jpg
襟です。
階級章が縫われていた跡なんですが、四角いんです。
仮に階級章だとしたら四角い階級章って陸自の場合、幹部のものなんですよね。
幹部に支給した後に陸士(新入隊員?)に支給ってことなんでしょうか?
だとしても誰一人として陸曹になっていないってのはなにか引っ掛かる。
なんだってうちに来る昭和陸自装備はこんな来歴が分かりにくいものばかりなんだ。

ズボン。
OD10.jpg
そういえばOD作業服のズボンって機動隊の出動服ズボンと同型ですね。

タグ。
OD12.jpg
無くなってて残念・・・・・・

前釦。
OD11.jpg
上から二つ目が欠損。

その内ODのベルトも買わんといかんかな。
とはいえ、私には少し小さいんですよね、これ。
たしか4号相当とかいってたっけな・・・・・・
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  1. 2016/01/10(日) 23:48:22|
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ご存知ないのですか?彼女こそ巷で流行の・・・・・・誰だこいつ

最近、電動の64式小銃が発売されて、昭和陸自が流行りだしましたね。
例えば、OD作業服。
例えば、1型迷彩。
謎迷彩01
今回はそんな熊笹迷彩を。
名称に関して、1型迷彩、熊笹迷彩、旧迷彩などと色々呼称はありますが、
今回は旧迷彩でいきたいと思います。

さて、今回紹介する旧迷彩はただの旧迷彩ではありません。
なんか一風変わった一品です。
どこが変わったものなのかと言いますと、実は普通の旧迷彩に比べ色が濃いです。
まあ、普通の旧迷彩持ってないんで画像の上での比較は出来ませんが・・・・・・


フロント。
謎迷彩02
この上衣の最も謎な部位がここです。
ジッパー式ではなく何故かボタン式です。
一体何故・・・・・・


右袖。
謎迷彩03
旧迷彩に詳しい私の知人の見解だとこの上衣は仮想敵役のそれじゃあないかという意見が出ました。
しかし、何故かここに階級章を縫った形跡があるんです。
それも、2士、1士、士長と階級が順調に上がった跡が。
今のところ謎PX品という大雑把な見解をしていますがはてさて・・・・・・


左袖。
謎迷彩04
ペン差しが残ってます。


内側。
謎迷彩05
なんかタグがあったといえばあったような、
無かったといえば無かった微妙な跡です。
縫い目の走っているような、いないような・・・・・・


袖釦。
謎迷彩06
崩壊寸前までいってます。
どっかで釦調達すっかあ・・・・・・


右肩章。
謎迷彩07
釦がどっかいってます。


胸ポケット。
謎迷彩08
空挺・PX仕様のそれで割と見かける裁断ですね。



さて、今回たまたま手に入ったこんな一品ですが、分からないことだらけです。
どなたか詳しい方がおられましたら是非ともコメントの程をよろしくお願いいたします。
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  1. 2015/06/20(土) 23:14:03|
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